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             代理母出産と親子関係
              2007.8.
                  弁護士  石  田  文  三

  医療の進歩により、子どもをもつことができなくなった夫婦がそれぞれの精子と卵子を提供し、妻以外の女性に子どもを出産してもらう、いわゆる「代理母出産」も可能になりました。このような方法で出産した子どもについて、最近、最高裁は精子・卵子を提供した夫婦を親とした出生届を受理すべきでないと判断し(最高裁平成19年3月23日決定)、マスコミでも取り上げられました。この事件の子どもたち(双子でした)はアメリカのネバダ州で生まれ、その州の裁判所は精子と卵子を提供した日本人夫婦を親と認める決定をしているのですが、この最高裁の決定によって、日本の法律ではアメリカ人の代理母夫婦が子どもたちの親ということになりました。果たしてこれでいいのか、少し考えてみたいと思います。

 現代ではDNA検査の技術が進み、父母と子の遺伝的なつながりを明らかにすることが簡単にできます。昔は、母と子の遺伝的なつながりが出産という事実によって明らかにできるのに対して、父と子のつながりを明らかにすることはかなり困難でした。このことに、男性が家父長として圧倒的な支配権をもっていたことがあいまって、たとえばローマでは、家父長が生まれた子を抱き上げない限り、その子はその家の子として認められず奴隷と同じ扱いを受けることになったようです。けれどもこれでは生まれてきた子どもにとってあまりにも酷だ考えられ、父子の関係の成立を父の意思に任せる(これを意思主義と呼びます)のではなく、近代の諸国家では血縁関係があると考えられる場合には父子関係を認めるようになりました(意思主義に対して事実主義と呼ばれます)。民法も妻が懐胎した子は夫の子と推定するとし(民法772条1項)、婚姻中に生まれた子どもは特別の手続をするまでもなく夫の子どもとしています。もっとも未婚の母が出産した子どもについては、父の認知によって親子(父子)関係が生じるものとされ(民法779条)、意思主義の要素を残しつつ、裁判所に認知の訴えをすることが認められて(民法787条)事実主義が採用されています。

 母子関係についても同様です。結婚している女性が出産したときは特別の手続をすることなくその母の子となり、未婚の女性が出産した場合には「母がこれを認知することができる」とし(民法779条)、認知によって、始めて親子関係が生じるとされています。母についても認知が必要だとされたのは、出産した女性が子どもとの間に親子(母子)関係が生じることを望まない場合は、別の人の子どもなどとして届け出ることを認めるためでした。出産の事実だけをもって母子関係が生じるとすると、母がそれを望まない場合に、棄て児や子殺しが起こり、子どもに酷だとされたのです。けれどもこれでは虚偽の(血縁関係がないという意味で虚偽の)親子関係を認めることになるし、そもそも懐胎出産という事実によって母子関係を明らかにできるのであるから、認知は不要とすべきであるという考えが強まり、ついに最高裁も母子関係については原則として認知は必要ないとしました(昭和37年4月27日判決)。

 このように見てきますと、法律上の親子関係は古い時代には遺伝的なつながり(血縁)とは別に、親の意思というか親の都合を優先してきたけれども、だんだんと遺伝的なつながりという事実に基づいて法律上の親子関係を認めるようになったということができるようです。では親の意思や都合によらず遺伝的なつながりという事実に基づいて親子関係を認めるのは、何のためなのでしょうか。それは結局のところ、遺伝的なつながりのある大人が子どもの養育を行うべきものとし、そうすることが子どもの福祉にかなうからだと思われます。そうだとすると冒頭の代理母による出産の例でも、子どもの福祉にかなう解決が望ましく、最高裁決定のように、日本で暮らし日本人の夫婦に育てられている子どもたちについて、日本の法律上はアメリカに住む代理母の夫婦が親であるというような結論は不当だといえるでしょう。樋口範男さんという英米法の研究者はそのように主張されて、最高裁の決定を批判されています。けれども最高裁決定の補足意見で今井裁判官が言われるように「ことは、それほど単純ではない」ようです。それは代理母出産のような形の人口生殖医療を認めていくべきかという問題があるからです。この点について、厚生科学審議会医療部会(平成15年4月)や法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会(平成15年7月)において、否定的な見解が示されています。むろん政府の意見だけで決めることはできず、さまざまな意見を集約して最終的には国会が法律という形で決定するほかありません。最高裁が決定理由のなかで、特別の立法がない限り、懐胎出産した女性ではなく遺伝的なつながりのある女性を親と認めることはできないと述べているのは、ある意味で当然のことではないかと思います。しかし樋口さんはこの点を強く非難され、最高裁がこのような決定をしたことによって、かえって代理母出産に否定的な政府見解をバックアップしてしまったと言われます。確かに最高裁が本件の訴えを認めれば、代理母出産を加速する可能性があり、政府としては早急に立法的な対応をしなければならなくなると言えるでしょう。そうした効果も考え合わせて、さて、お前はどう考えるのかと詰められると、答に窮します。ただ、議会制民主主義と三権分立制をとる憲法のもとでの裁判所が取るべき役割ということを考えると、私自身は樋口さんの意見よりも最高裁の自制的な判断の方が妥当であるように思います。


春陽法律事務所 弁護士 石田文三 川村哲二 昇慶一
法律コラム
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